松本薫 学歴と実家まとめ|出身校の歩みから家族構成、現在の活動まで解説

東京五輪・ロンドン五輪で日本柔道を代表する存在となった松本薫さん。

検索では「学歴」「実家」「家族構成」への関心が根強く、出身高校・大学、地元(金沢)での生い立ち、そして引退後のキャリアまで幅広く調べられています。

本記事では、そのニーズに真正面から応えつつ、柔道黄金期を駆け抜けた“野獣”の人となりまで、ていねいにまとめました。


目次

基本情報(プロフィール)

項目内容
名前松本 薫(まつもと・かおり)
生年月日1987年9月11日
出身地(実家のある地域)石川県金沢市
身長/階級約163cm/女子57kg級
ニックネーム「野獣」
主な戦績2012年ロンドン五輪 金、2016年リオ五輪 銅、世界選手権 金(2010/2015 ほか)
最終学歴帝京大学 法学部 卒業
現在実業家(ギルトフリーアイス「ダシーズ」運営・商品開発)、講演・解説 など

学歴|出身校の歩み(小学校~大学)

松本薫さんの「学歴」で押さえるべきは、地元・金沢から上京、そして再び金沢の高校へ転校――という“揺れ”のある高校時代です。結果として競技者としての芯を固める転機となりました。

小学校~中学校(地元・金沢市)

石川県金沢市で育ち、幼少期から兄姉の影響で柔道に親しみます。地元の道場でみっちり鍛えられた土台は、中学3年時の全国中学校柔道大会優勝へとつながりました。小・中の段階で全国レベルの勝負勘を身につけたことが、後の爆発力の源泉です。

  • 小学校:金沢市立味噌蔵町小学校(のちの統合で現・兼六小学校)
  • 中学校:金沢市立兼六中学校

高校(上京→転校)

高校進学で上京し、東京都の私立・藤村女子高校へ。伝統ある柔道の強豪校で実力者に囲まれ、2年夏のインターハイ57kg級で優勝を経験します。一方で環境や練習スタイルの違いにもまれ、2年秋に地元・金沢の金沢学院東高校(現:金沢学院大学附属高校)へ転校。ここで「やるか、やめるか」を自分に突きつけ、競技者としての覚悟が固まっていきます。3年時には全日本ジュニア57kg級で優勝。インターハイ出場資格は転校規定で失ったものの、実力は確かに伸びていました。

大学(帝京大学 法学部)

2006年に帝京大学へ進学。名門・帝京大柔道部の一員として国内外の主要大会で台頭し、2008年の団体世界一、2010年の世界選手権個人金など、トップに駆け上がっていきます。

競技と学業を両立して法学部を卒業、最終学歴は帝京大学です。


学校学校名所在地/メモ
小学校金沢市立 味噌蔵町小学校(現・兼六小学校)石川県金沢市。地元道場と二足のわらじで基礎を形成
中学校金沢市立 兼六中学校石川県金沢市。中3で全中優勝
高校(入学)藤村女子高校(東京都)女子柔道の名門。2年夏のインターハイ57kg級優勝
高校(転校)金沢学院東高校(現:金沢学院大学附属高校)地元に戻り、全日本ジュニア57kg級優勝
大学帝京大学 法学部競技と学業を両立し卒業。名門・帝京大柔道部で世界トップへ

実家と家族構成|金沢で育んだ食と武のルーツ

実家のある地域と家族

松本さんの実家は石川県金沢市。5人きょうだいの4番目(三女)で、兄・姉・姉・弟に囲まれて育ちました。

幼い頃から兄姉が通う金沢市内の道場で柔道に打ち込み、週に一度はレスリングの稽古も取り入れるなど、地元での厳しくも温かい育成環境が強さの土台に。

父は地元金沢で料理の仕事に携わる“料理人”。家庭の食卓のレベルが高く、「食」へのこだわりや探求心はこの頃から芽生えていたと語っています。

生い立ちのエピソード

小学生時代の卒業文集には「アイスクリーム屋さんになりたい」と書いたという微笑ましい話も(当時は先生に却下されたとか)。

後年、現役引退後に本当に“アイスの道”へ進む伏線だったと思うと、ちょっと感慨深いですね。

まとめ:実家がある金沢の環境(大所帯のきょうだい、妥協のない道場、料理上手な両親)が、「負けない心」と“食の審美眼”を同時に育てた――ここが松本薫さんの核。


競技ハイライト(最短整理)

  • 2010年 世界選手権 東京 57kg級 金
  • 2012年 ロンドン五輪 57kg級 金(“野獣”の代名詞に)
  • 2015年 世界選手権 アスタナ 57kg級 金
  • 2016年 リオ五輪 57kg級 銅
  • 2019年 現役引退を表明

頂点に立つたびに語られたのは、豪胆さと同居する冷静さ。試合中に一瞬だけ見える無表情は、幼少期からの“やるべきことをやる”作法の延長線上にあります。


結婚・夫・子ども(家族)

2016年11月に大学時代からのパートナーと結婚。翌2017年に第1子(長女)、2019年に第2子(長男)を出産。

「妻でも野獣、ママでも野獣」のフレーズどおり、産後に復帰戦へ挑むなど、競技者としての矜持も示しました。

現在は2児の母としての生活と、実業家としての挑戦を両立しています。


引退後のキャリア|ギルトフリーアイス「ダシーズ」

2019年の引退後は、“食”の原点回帰ともいえるアイスクリーム事業へ。

自ら企画・商品開発・販売まで関わる「ダシーズファクトリー」を運営し、乳製品不使用・グルテンフリーなど“ギルトフリー(罪悪感なく食べられる)”を掲げたアイスを展開。

直営の拠点は都内(高田馬場エリア、東京富士大学内 本店)に置きつつ、各地の特約店やオンラインでも購入可能です。

アスリートの知見を生かした“体に寄り添うスイーツ”として、固定ファンを着実に広げています。


よく検索される関連キーワードQ&A

Q. 松本薫さんの出身高校は?
A. 東京都の藤村女子高校に入学し、のちに石川県の金沢学院東高校(現:金沢学院大学附属高校)へ転校しています。

Q. 出身大学(最終学歴)は?
A. 帝京大学法学部を卒業しています。

Q. 実家はどこ?家族構成は?
A. 実家は石川県金沢市。5人きょうだいの4番目で、父は料理人として食の世界に携わっています。

Q. 現在の仕事(店名)は?
A. ギルトフリーアイス「ダシーズ(Darcy’s)」の運営・商品開発に携わっています。直営本店は高田馬場(東京富士大学内)にあり、取扱店や通販でも展開しています。


まとめ

「学歴」と「実家」を軸にたどると、松本薫さんは“金沢の厳しく温かい土壌”と“東京での挑戦”の往復運動の中で自分を研ぎ澄まし、世界の頂に立った人でした。

家族と地元の支えがあり、食の探求心があり、そして何より“覚悟”がある――その延長線上に、いまの「ダシーズ」があります。

検索する人が知りたいコア情報(出身校・家族・現在の活動)はこのページでワンストップ。

さらに深掘りしたい方は、競技ごとの名勝負や、商品開発に込めた思想まで追ってみると、また違う表情の“野獣”に出会えるはずです。


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